人が死なない推理小説
- 作者: 松岡圭祐
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2003/05
- メディア: 文庫
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本書はいわゆる推理小説だが、一般的なそれと違って、誰一人死なない。
主人公は捜査二課の刑事。マジックのノウハウを使って、数々の詐欺を引き起こす犯人を追う物語。
マジックによるトリックも非常に面白いが、何より人が死なないのがいい。主人公も作中で、推理小説は好きじゃない、と言う。自分も捜査一課にいたことがあるが、殺人事件を追うのは虚しい。本来は殺人を未然に防ぐべき仕事だからだ。小説はフィクションだからと言うが、フィクションだからこそ人が死なないようなドラマチックな物語を作ればいいじゃないか、と。この考え方はまさしく作者のものそのものなのだろう。
私も、刑事ドラマと医療ドラマはずるいといつも感じている。人の死が身の回りに頻繁にあり、またそれが自然な舞台を選んでいる。人の死を媒体にしないと、感情を描くことはできないのだろうか。こんなのうっかり泣いちゃうに決まってるじゃないかっ。
そしてずるいと同時に、ドラマティックに映る刑事や医者の仕事が羨ましく感じる(やりたいとは毛頭思わないが)。自分の仕事(システムエンジニア)はこういうドラマチックな展開は無理だよなぁと。しかし、ユースケ・サンタマリアが主演した、踊る大捜査線のスピンオフ映画「交渉人 真下正義」に登場した、地下鉄運行状況を監視するコントロール室は、銀行システムを監視するコントロール室に雰囲気が似ていた。同じような感じで、自分たちの仕事も、なんかかっこいい物語にならないだろうか。
もちろん人の命に関わる仕事ではないが、銀行システムであれば、お金を預かるシステムな以上、人々の生活に関わるし、間接的には命や人生に関わるだろう。何より、トラブル時のあの時間に追われる緊迫感は、なかなかのものだ。物語のクライマックスとしても十分通用するものができるだろう。
しかし、リアルな「敵」を作るのは相当に難しいだろう。実際、本書の中にも、詐欺師一派が銀行システムを攻撃する様子が描かれているが、めちゃくちゃな設定だ。
まずターゲットの銀行は、統合によって世界最大規模になろうとしている「ひかり銀行」だ。数ヶ月前にはみずほ銀行(こっちは実名)がシステム統合時に大きなトラブルを出してしまい、犯人はひかり銀行のシステム統合時のドタバタを狙ってコンピュータウィルスを使って、システム破壊を狙ってるらしい。これによって、日本経済が崩壊するほどの、大混乱が生まれてしまう、と。ふむふむ、これはあきらかにあの名前の長い銀行をモデルにしてるな。
ひかり銀行は、17の銀行の統合を行おうとしてる。17!?。いやいやいや、多すぎだろ。無理だから。仮に17銀行が統合しようとして場合、おそらくシステム統合は無理で、既存の全銀ネットを通したお金のやり取りを、手数料無しで実現するとか、アカウントアグリゲーションのサービスでやっているようなやり方で、ひとつの照会を作るとか、そういうことしかできないだろう。どこかの銀行のシステムを破壊しても、そうそう17の全銀行に影響を及ばすことは難しいだろう。
極め付きは、ウィルスをネットワークに混入させようとするシーンだ。銀行が運営する、コンサートホールの建物にあるATMにウィルスを感染させるらしい。あれか。セコムとかいるんだが、まぁそこはパンチとかキックとかで撃退して、ATMの裏を開けたんだな。まぁそこはいい。捜査陣はウィルスをネットワークに流し込んでる最中に現場に到着し、なんとかウィルス感染を止めようとする。システムに詳しくないデカは、動揺してこう叫ぶ。「ネットワークのケーブルを抜いてしまえ!」おお。そりゃそうだ。賢いぞ。すると、科捜研の担当者は「だめです!データ通信中に通信が途絶すると、セキュリティプログラムが働いて、本店のシステムが落ちる仕掛けになってるんです!!」「なに!くっそー!どうしたらいいんだ!」 え〜!?いやいやいや。んなわけねーだろ。ATMなんて、日本中に散らばっていて、日本のどこかで起きている落雷や大雨による浸水とかで、けっこう頻繁にダウンしてるんだから。そんなんで中央のシステムが落ちるわけないだろう。
とまぁこんな調子で、マジックのトリックを考えるのに作者は力を注ぎすぎてしまい、銀行システムを攻撃するシナリオはかなりお粗末になってしまったようだ。いいんだけど、全体的には面白かったから。
やはり銀行システムで事件性のある物語を作るのは無理なのだろうか。そもそもよくコンピュータウィルスやらハッキングで、システムをコントロールしてお金を引き出す、なんてのよくあるが、あんなの到底無理だ。お金が動くからには、お金が動くなりのきっかけがあるもので、そのきっかけからお金が動くまで、いろいろな制御がシステムの中に稼働する。巨大なシステムの中で、全ての制御を把握するシステム担当者なんて存在せず、ましてや外部の人間がスマートにそれをのっとることなんて不可能だ。やるとしてら、スキミング等の手段でPWを奪って、人として成りすますくらいだろう。
だが、ひとつ可能性がある方法がある。内部の人間が複数人グルになれば、違法なお金の引き出しは可能だろう。単独犯に見せて、実は共犯がいました、なんてのは推理モノではよくあることだろうから、うまく話が作れるかもしれない。リアル性も維持できて面白くなるかもしれない。
や〜。だれか書いてくれないかな〜。
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2005/12/17
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