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貧しい人を救うことはいいことなのか

よくアフリカやアジアの貧しい人を手助けするための、政策やボランティアの話をテレビで見聞きするが、そういった仕事に従事する人を尊敬の念で見る一方、単純に救っててもいいものかと、素朴に疑問が沸いてくる。恵まれた環境で育ち生活しているからこそ生まれる、ろくでもない考えであることは重々承知しているが、みんなそういった疑問はもったことがないのだろうか。


私の中で、そういった疑問を生む一番の原因は、世間的に食糧問題がよく取り沙汰されるからだ。日本の食料自給率は約40%と言われている。残りの60%を輸入で頼っているわけだが、人口爆発によって世界的な食糧不足が発生し、60%の部分が高騰してしまうのではないかという議論だ。ここ50年で人口は約40億人増加しており、もう50年後には106億人になるという見方もある。


こうなると人口爆発自体をなんとか抑止しないといけないのでは?と考えるが、実はこの「食糧危機」自体が大きな間違いだと主張するのが、本書だ。

「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)

「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)


本書によれば、食糧危機を叫んでいるのは日本だけだそうだ。何故、日本だけがそうした問題に過剰に敏感になるのかという歴史的背景の説明も含めて、食糧危機は起きないとする各種論拠が詳しく述べられている。ソフトカバーで読みやすい文章になっており、非常に興味深く読み進めることができた。


まず、地球上で食糧生産の効率化はまだまだ低いことを挙げて、地球上ではもっとより多くの食物を生産できることを説明している。最新の農業科学で、土地あたりの生産性ぎりぎりまで生産しているのは、イギリス、フランス、日本とアメリカの一部だけで、その他の地域はまだまだ効率化の余地があるそうだ。しかも、他の地域は効率化させられないのではなく、広い耕地がために、効率化する必要もないほど作物がとれるためだともいう。


また、各文化でどんな食物を食べているかという解説も加えており、特定種類の作物が一時的に高騰しても、それは世界的な食糧危機を招くものではないという具体的な解説もある。このあたりの話を読むと、日本人がいかに多種類の食物を食べているのかも分かり、興味深い。


さらに、2008年におきたとうもろこし等の、化石燃料に変わるバイオ燃料の普及等に伴う高騰についても、食糧危機ではなく、一時的な金融危機こそが原因だと論じ、具体的に各物価の遷移を比較し具体的に説明している。


このように、一環して食糧危機説に否定的な立場をとる本書だが、アフリカの南部についてのみ事情が違うという。これは政治的に不安定だという原因もあるが、そもそも生産を増やすに増やせない事情があるため、この地域独特の食糧危機に陥りつつあるという。


エチオピアでの話を例に挙げてられている。エチオピアではアメリカの財団の援助を受けて1980年代前半に化学肥料を使って穀物の生産を行っていたそうで、化学肥料を使った生産のおかげで、生産性は如実に向上し豊作となった。しかし、輸送のための道路や港湾設備などのインフラが整備されていないために、余分にできた穀物を地域の外に運び出すことができず、地元で消費するしかなくなってしまったのだった。これにより、作物の価格は暴落し、いっきに豊作貧乏となったという話だ。


日本でも米余りのために、「アフリカの食べ物が無い地域に送ってあげたらいい」という意見があるが、アフリカのそうした地域にとって一番嬉しいのは、アフリカで生産された穀物を購入してあげることだという。しかしどこの先進国も、食料は余っているのが実情で、高い関税をかけたり、減反政策に伴う助成金など出すなどして国内の農家を保護している状態だ。


このように、食料に対する問題は、単純な危機でも、単純に楽観視できる状態でもなく、様々な要素が絡み合っている問題だということが、本書を読んでみるとよく分かる。テレビや新聞の一般の情報に踊らされる前に、是非一読しておきたい良書だ。